~ 記 ~

2018年6月15日

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梅雨の晴れ間。

父方の祖父の三回忌法要があった。

 

日程を知らされる前から既に予約のお客様が数件入っており、

どうにも調整が難しく、残念ながら法要には参列出来なかった。

夜に行われた親族での会食には間に合い、参加することが出来た。

 

 

 

自分はまったく覚えていないし、理由も聞かされていないが、

半年程、田舎の祖父の家に預かってもらっていた期間があるそうだ。

自分が一歳くらいの時だという。

 

月齢からすると、

立つ、歩く、走る、

というような人間としての最初で最大の運動能力の成長は、

きっと祖父と祖母に助けてもらって身に付けたのだと思う。

 

そんな潜在的な記憶があるからか、

大きくなってからも父方の祖父と祖母は自分の中では少し特別な存在であり、

色々な意味で尊敬もしていた。(祖母はまだ健在)

 

 

 

祖父は三年前に不慮の事故で亡くなった。

事故が無ければおそらく100歳を、頭も体も相当元気に迎えていたと思う。

 

祖父が亡くなってからずっと気になっていたことがあった。

 

日記だ。

 

祖父の日記を書く姿は、自分が小学生の頃から記憶にある。

 

夜、夕食の後にテレビを見ながら椅子に座ってスラスラと書いていた。

小さい頃に一度どんなことを書いているのか尋ねた記憶がある。

「今日は鮎が何匹釣れたとか、孫達が遊びに来て賑やかだった、とか書いている」

と話してくれたのを覚えている。

 

祖父が亡くなり、あの分厚い日記帳はいったいどこにいったのか。

どこで誰が保管しているのか。

機会があれば読ませてもらいたいし、

いつか時間が出来たらそれをまとめてみたらどうだろう。

そう思っていた。

しかし、なかなか行動できずに月日が過ぎていた。

 

 

 

三回忌法要の会食は親族が沢山集まり、

温厚だった祖父を偲ぶ会らしい、穏やかな会だった。

 

その会の途中、叔父(自分の父の弟)から、

「じいさんの伝記だよ」

と、一冊の本を渡された。

 

叔父も自分と同じように考えていたようで、

祖父が亡くなってから全ての日記を読了し、

内容を簡潔にまとめ、一冊の本を創ったのだという。

*実は曽祖父も生前に自叙伝を製作して本にし、配っている。

 

表紙から紙質、内容も素晴らしい出来で、

自分ではここまで完成度の高いものは出来なかっただろう。

叔父に感謝だ。

 

その日記。

やはり祖父が93歳で亡くなる直前まで、ほぼ毎日書いていたようだ。

 

なんと、

約55年6ヶ月、

というとてつもない期間の日記だったそうだ。

 

全てに目を通すだけでも大変だったと思うし、

加えてそれを編集していく作業など、

今の自分には不可能だっただろう。

 

叔父も現役の外科医として勤務しながらの作業は、それは大変だったと思う。

聞くと、全ての日記を読み終えるだけでも一年近くかかったらしい。

叔父には感謝しかない。

 

 

祖父は本当に穏やかな人だった。

単純に「イイ人」ということではなく、

祖父を悪く言う人は親族以外でもいないと思う。

 

究極のマイペース人、と言えばそうなのだが、

自分が目指すところでもある「フラット」な人だった。

そういう意味で尊敬していたし、

自分も祖父のように穏やかでおおらかな、

悟ったように大きな器の人間になりたい。

 

今こうして故人の日記から、その人となりの核の部分を知り、

学べた。

故人の日記という形で語りかけてくるものにしっかりと耳を傾けることで、

「直接」では学べなかった様々なことも上手く吸収出来た気もする。

 

日記。

興味が出てきた。

 

 

~ 今年はまだ旬のハモを食べれていません・・・泣 ~

 

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